佐藤 麻美
年齢: 43歳
出身地: 沖縄県
移住年: 2023年
肩書: 理学療法士
家族構成: 自分+息子(中3)+娘(中2)
居住地区: 傍示
もともと沖縄で暮らしていましたが、子どもたちがまだ小さい頃から「もう少し水が綺麗で、自然豊かな山のある場所で暮らしたい」という思いを漠然と抱いていました。寒すぎる場所は苦手なため、条件に合う場所を探しあぐねていたコロナ禍の時期、転機が訪れます。元々徳島に住んでいた職場の同僚が「佐藤さんの好きそうな場所があるよ」と上勝町を教えてくれたのです。
興味を持って調べてみると、目に飛び込んできたのは「ゼロ・ウェイスト」の取り組み。こんな取り組みを町全体でやっているなんて面白い。面白い町には、きっと面白い人がいるはず。環境への共感以上に、そこにある「人の面白さ」への期待が、私の心を強く惹きつけました。
思い立ったら即行動。すぐに移住ポータルサイトから問い合わせを送り、移住コーディネーターとオンラインで相談を行いました。実はこの時点で、私の心の中では移住することはほぼ決定事項でした。まだ現地を見る前でしたが、もう行こうと思っていました(笑)。
長男が小学校6年生というタイミング。中学校に上がってしまうと環境を変えづらくなる。このタイミングを逃したら、もう一生移住できないかもしれない。そんな切迫感と「今だ!」という直感が、迷いのない行動力に繋がりました。
「一度も現地を見ないで来てもらうのはさすがに心配」というコーディネーターの助言を受け、移住予定の2ヶ月前の2月に長男と二人で現地見学へ。冬の上勝町はお店の定休日なども重なり、町の賑わいを感じることはできませんでした。しかし、大きな収穫がありました。
中学校の入学説明会のタイミングが重なり、同級生になる子どもたちや、その保護者の方々と顔を合わせることができたのです。皆さんとってもフレンドリーで、優しい方ばかりでした。「あ、この人たちとならやっていけそう」という安心感を得られたのが大きかったですね。
同行した息子も、シェアハウス(移住お試し暮らしなどに使える町の滞在施設)の周りを散歩して「空気が気持ちいい」と気に入った様子。親子ともに、肌感覚で町との相性の良さを感じ取った滞在となりました。
移住当初は「子どもたちの環境変化もあるから、しばらくは家にいて見守ろう」と考え、すぐに就職することは考えていませんでした。まずはハローワークで見つけた「造園」の職業訓練を半年間受講。剪定や竹の切り出しなど、全く未経験の世界を楽しみました。
その後、理学療法士の資格保有を知った役場の方から声がかかり、地域の健康サロンの手伝いを開始。さらに、近所付き合いから始まった縁で、興味のあったゼロ・ウェイスト関連の仕事にも繋がっていきました。困ったな、仕事どうしようかなと思ったら、近所の人が「あの人に聞いてみようか」と紹介してくれて。ありがたいことに、全てが良いタイミングで縁が繋がっていきました。
家は当初一軒家を希望していましたが、選択肢が少なかったことと、コーディネーターからの「まずは集合住宅に入って、地域のことを知ってから探してみては?」という提案を受け、町営住宅に入居しました。
結果的に、これは大正解でした。その住宅には町内で一番多く子どもたちが住んでおり、息子と娘もすぐに地域の子どもたちの輪に入ることができました。(職業訓練の)造園の授業で切り出した竹をもらってきて、家の中でブルーシートを敷いてみんなで流しそうめんをしたこともあります(笑)。集合住宅ならではの濃いコミュニティと助け合いが、移住直後の不安な時期を支えてくれました。
残念ながら、子どもの年齢が対象外だったため、移住時の子育て支援金などは受けられませんでした。高校進学など、これからお金がかかる時期に差し掛かる世帯への支援がもっとあれば嬉しいですね。
町内に高校がない上勝町では、進学に伴う下宿代や交通費が大きな負担になります。子どもが大きくなってからの移住者にとって、この点は切実な課題であり、「あったらいいな」と思う支援の一つです。
移住の決め手は、一言で言うなら「タイミング」。子どもの進学、同僚からの情報、仕事の区切り。全ての歯車がカチッとかみ合った瞬間でした。親からは心配や反対の声もありましたが、「私が行くと決めたから」という強い意志で押し切りました。
移住を決めた時の感情を一言で表すと?めっちゃワクワクしました!。不安よりも、これから始まる新しい生活への期待と興奮。そのポジティブなエネルギーが、わずか半年でのスピード移住を実現させた原動力でした。
佐藤 麻美
年齢: 43歳
出身地: 沖縄県
移住年: 2023年
肩書: 理学療法士
家族構成: 自分+息子(中3)+娘(中2)
居住地区: 傍示